人生初の会社がブラック会社だった件

私は、高校時代から編集に関わる仕事をしたいと思い、新卒で編集プロダクションに入りました。
憧れていたライターの業務ができると思い、期待にあふれて入社した会社は、なんとブラック企業でした。
新卒で入って、3ヶ月は、他の新入社員と一緒にDTP、編集作業につて研修を受けました。一日中パソコンの目の前に座り、上司の方々からみっちりと学びました。
しかし、今思えば、このころから、あれ?と思うことは多々ありました。
まず、定時は9時15分であるにも関わらず、30分以上早くきて掃除をさせられます。各部署、会議室はもちろんですが、なんと、女性は男子トイレを掃除することがルールとなっていました。
そして、廊下などを通るときに必ず大きな声ですれ違う人、すれ違う人にあいさつをするのです。
そして、週1回、社長とのミーティングがあるのですが、ここでは、ほとんどが社長の自慢トークと、そしてセクハラ発言を毎回受けることになりました。

病気になっても出勤命令

以前、兵庫にある労務問題に詳しい弁護士さんに相談したことがあります。当時勤務していた販売店での話です。私はその販売店の食品部門でサブリーダーを担当していました。
 リーダーとサブリーダーが2名がメインで出勤し、アルバイトやパートタイマーが補佐するタイプのお店でした。リーダーとサブリーダーでしかできない仕事が多く、双方が同時に休むをとる事はできない仕事内容でした。リーダーとサブリーダーがお休みを交互に取るスタンスのシフトなので、片方が何かの事故や病気になってしまうと休まれた側の人間が連続出勤を余儀なくされる状態でした。
 風邪や怪我、捻挫などであっても出勤日の変更などは難しい為、相手に迷惑を掛けられないとしてむりやり出勤をしていました。まだその程度ならば我慢できましたが、ある病気になった時でも出勤を求められました。
 その病気は「水疱瘡」です。水疱瘡は周囲の感染率が高く、一度罹ってしまうと最低1週間は休まないといけない病気です。仕事中でしたが体中に水疱ができ、高熱が出た為、休暇中のリーダーに交代勤務をお願いし、病院で診察してもらいました。医師から診断証明書を貰って1週間の休みを申請しましたが、受理してもらってその2日後、その販売店の店長から連絡が入り、「いつになったら出勤できる?」、「いつまで休んでいるの?」、「リーダー困っているんだけど?」とひっきりなしに電話が掛かるようになり、最終的に医師から責任は取らないとして1週間も経たずに外出許可を貰って出勤しました。
周辺の方々に影響はありませんでしたが、なんてブラック体質なお店だろうと落胆しました。

金・プラチナ買取のブラック企業

昨年、姫路の弁護士に相談後退社しました。
オープニング募集が気になって入った営業職でした。
支店から営業車に4~5人で乗り込み、一般家庭にアポなし訪問で、要らなくなった指輪やネックレスなどの金・プラチナの金属を、安値で買い取りするブラック企業です。
営業職だけあって、自分の頑張り次第で稼げると思ったのと、シンプルに金やプラチナの貴金属について勉強しようと思い、始めてみた企業でした。
「給料形態」は、基本給が18万円、皆勤手当が2万円、残業手当が2万円(18日以上の出勤者)。
「基本給計算方法」は、勤務日数18万未満が出勤日数×8,000円、勤務日数18日以上が180,000-(総出勤数-出勤数)×8,000円。
「歩合」は、0~80万円未満が基本給のみ、80万円~から細かい計算式あり。
一言で、うさんくさいブラック企業でした。
貴金属の買取をグループでするため、一日を一緒に行動する営業員が買い取れるまで、なかなか帰れません。勤務時間の平均は、9~21時。
残業手当は条件ありの2万円のみなので、皆勤手当の2万円頼りになっていきます。
そのうえ、社会保険関係は完備なしだったので、支店長に相談すると「そうなんだぁ」の、他人事。
ほか、運悪く営業車に貰い事故があり、むち打ち症になったときでも、支店長は従業員に一言かけるわけでもなく成績を追う話です。
理不尽なことばかりのなか、一番困ったのは、相談できる上司がいなかったことです。

いい加減過ぎるブラック企業

今回は、私が勤めた労務問題を抱えた姫路のブラック企業についてお話したいと思います。

私は、ある企業に採用が決まり、雇用契約書を交わし働き始めることになりました。

働き始めて初めてのお給料日、お金を下そうと銀行に行き残高を確認してみると明らかに振り込まれている金額が少ないのです。

おかしいと思い、上司に相談してみると、まだ給与明細が本社から届いていないのでしばらく待って欲しいとのことでした。

そして、給与明細が届き、確認してみると契約を交わした際の給与額より明らかに少ない額しかやはり振り込まれていなかったのです。

こんなことは前代未聞だったので、早急に本社に確認の電話をすると、なんと振込額を間違っていたとのことでした。

至急、振り込むとのことだったので、仕方ないと思い、それ以上は何も言いませんでしたが、次の月もまた間違われ、さすがに困るので本社に電話すると忙しくてまた確認していなかったとのことでした。

さすがに、この会社は大丈夫なのだろうかと不安になりました。

さらに、残業代全額支給と雇用契約書に書かれていましたが、私が退社するまで振り込まれたことは一度もありませんでした。

勤務時間が長かった飲食店バイト

飲食店のバイトを始めてしばらくして、もしかしたらこれは「ブラックバイト」ではないかと思いました。知人には姫路の労務相談窓口で相談するよう勧められました。
まずとにかく勤務時間が長いという点です。
ランチの時間に間に合うよう、10時にバイトに入ると、結局、店じまいの夜中の2時まで働く事になりました。
休憩らしい休憩はなく、16時間くらい連続で働かされます。
本当は夜8時までという約束で働きはじめたのですが、徐々に残業が長くなり、このような長時間労働が当たり前になりました。
「夜の8時までにしてください」と言うと「分かった」というのですが、結局、「もう少し働けるだろ」と言って、勤務時間を伸ばされて、店じまいまで働く事になります。
また、飲食店のバイトなのに、まかない飯がなく、もしお腹が空いたらお店のメニューを割引価格ではなく、正規の値段で食べなければなりません。
しかもバイトをしながらなので、5分以内で食べ終えないと、店員から怒鳴られてしまいます。
本当に最悪のバイトだったと思います。

残業して働いた分は早退しろ、というルール

姫路で労務専門の弁護士に頼むことになる、一昨年まで勤めていた会社は、地方に工場があり、支店もあったものの、家族経営にしては大きめ、という程度の小企業です。株式会社ではあったものの、株主は社長とその家族。就業規則はあってないようなもので、社長の一声で全てが決まります。

 

長引く経営不振から人件費を抑えたいということで、残業は原則禁止となりました。私はなるべく時間内に仕事を終えるようにしていたので、特に影響はなかったものの、急ぎの仕事の場合はやむをえない場合もあります。そんな時は、上司に許可を得た上で残業する、ということだったのですが、残業代は支払われないので、残って仕事をした分は後日、早退(あるいは遅刻)して消化するようにと言われて驚きました。これでは実質サービス残業になってしまう人もいるのでは?

 

同僚の一人が、残業した時に支払われる割増分はどうなるのか?とぼやいていましたが、なにしろ、社長の考え方が就業規則という会社です。異議を唱える者は誰もおらず、残業した分は早退する、というシステムは今も続いているようです。

研修期間が終わらない会社で

面接では即、社員として採用でした。実は労務の問題が多い企業でした。
仕事内容は依頼を受けた工場へ、出荷した部品に不良品が混じっているのでそれを選別するために出向くというものです。
ただし、研修期間は1カ月名古屋で。その間時給は1000円とのことです。

 

福岡での時給として1000円は珍しかったし。
そもそも福岡での面接でしたが、研修で1カ月ほど名古屋で仕事を覚えてもらうと言われました。終了後、これから作られる福岡支店で働くというものでした。
名古屋では2DKの賃貸に4人で生活、他にも数人福岡から来た人間はいましたが似たような処遇でした。
依頼を受けて工場に出向くわけですが、依頼量が一定ではないのでこちらの仕事量も不安定になります。朝から1件の仕事をこなし、夕方から2件めの仕事をしたり。

 

果ては、朝からお呼びがかからなかったのに夜から急きょ仕事が入り、翌朝から別の仕事へ、さらにその日の夜もまた仕事ということも。
問題はいつまでたっても研修期間が終わらないことです。理由は福岡の体制が整っていないどか、そもそも研修が合格ラインに達していないとか。
研修が2カ月を過ぎると少しづつ辞めて福岡に戻る者も出てきました。

 

私は4カ月名古屋に居た後福岡に戻ってきました。その間得た給料は時給ながらも結構いい給料でした。ただし、夜討ち朝駆けの生活から抜けられ、今時タコ部屋みたいな生活から自宅へ戻ってきた時は本当に開放感に満ち溢れていました
でも、辞めて出ていく者がいても会社は全然困っていませんでした。
次から次へと福岡から補充要員が送られてくるからです。

まさかブラック企業問題が自分の身に降りかかるとは

ある法人農家に勤務していた時の話です。気が付けば、私が勤めていた約1年半の間に、パート、社員合わせて10人程クビになっていました。労務問題に詳しい姫路の弁護士に駆け込んだ人もいるそうです。クビになるのは、なぜか仕事ができて尊敬できる優秀な人たちばかりでした。
労働保険について質問した人、濃すぎる農薬について問題提起した人、人事制度について質問した人。社長が一度でも不快感を感じた人間は、それが反論でなくても質問であっただけで即アウトでした。

 

残ったのは社長夫婦に情報をリークする人間と、パワハラを受けても耐え続けた人間、何も言わない大人しい人間だけでした。
自分がブラック企業出身だから「明るいブラック企業を目指したいんだ」と言ったり、地元地域の人達の地域を名指しして見下して差別発言をしたり、ライバル農家の悪口を隠すことなく公言していた社長。そのせいもあって地元住民からは嫌われ、自営業者からは「あの人(社長)は究極のかまってちゃんだから、自営業の飲み会には絶対に誘わない。空気が悪くなるんだよ。」と疎まれていました。本人や社長家族は全く知らないようですが。

 

まさかブラック企業問題が自分の身に降りかかるとは思ってもみませんでした。全てがそうではないのでしょうが、もう農家業界に良いイメージはありません。

新卒で入社した上場企業の営業職

タイトルの通り1社目の会社が一番ブラックでした。何分1社目でそれが普通なんだと思ってましたが、姫路で労務実務に携わっていた友人の話を聞き転職しました。私の在籍中に東証1部にも上場した大きな会社でしたが、私の配属は支店であったため、その恩恵は受けれませんでした。
職種としては、営業職で、個人宅への訪問活動と催事への集客、物品の販売が主な仕事でした。
ブラックたる所以は拘束時間の長さと、不定期な休日です。
まず、残業代は当時みなし残業という、かなりグレーなゾーンで支給が有りませんでした。タイムカードは有りましたが、上場企業のコンプライアンス上の飾りの様な物で、本社の総務が見ていたのかすら怪しいです。
朝は9時からですが、地方の営業に行く時は、7時に会社を出るため、6時半には家を出る時も有ります。20時に帰社し、そこから日報の入力、上司への報告、取引先とのメール確認、エクセルによる管理表の作成、部下の管理など雑務が多岐に渡り、日付をまたぐ事も多かったです。
催事が祝祭日の場合は、休日もずれて、数字を取るために稼働を増やさなければならず、有給を取る事は自分の首を締めるという風習もあり、有給で休んだ事は無かったです。

ブラック企業からの逃げは恥ではない!?

ブラック企業から退社できそうになかったら、とりあえず労基でも転職エージェントでも姫路の労務系弁護士でもなんでもいいので、頼れるところに頼った方がいいでしょう。身体と心を壊してしまう前に、誰かしらに頼ってでもいいので、とにかく逃げることですよ。

「逃げるのは恥」だとかいう感覚はとくに日本人には多いのかも知れませんけれど、それは間違っているぐらいのことを私は思ってしまいますよ。それはもう「ケースバイケースでしょう!」と言いたいですよ。ブラック企業に勤めた経験があるからこそ、そう思うんですよ。

ブラック企業勤めの経験から言えることは、「ブラック企業に入社してしまったら、とにかく早く離れた方がいい!」ということですもん。けれども、ブラック企業がどのようなものかまだわかっていない段階の人からしてみたら、「ブラック企業から逃げることではなくて、ブラック企業でもうまくやれるコツを教えて欲しい」というものでしょうか。しかし、私からしてみれば「そんなものはない!」なんてことを思ってしまいますよ。